スーパーで売られている塩サバを見ると、「ノルウェー産」と書かれているものをよく見かけます。
一方、水産業界ではイギリス産の大西洋サバも流通しています。
では、
「イギリス産とノルウェー産は何が違うの?」
「やっぱりノルウェー産の方がおいしい?」
「ノルウェーの海は寒いから脂がのるの?」
と聞かれると、実はそれほど単純ではありません。
私は水産卸の仕事で両方を見てきましたが、正直なところ、食べて明確に違いが分かるほどの差は感じません。
それでも現場では、
「やっぱりノルウェー産がいい」
という声を聞くことは多いです。
なぜなのでしょうか。
調べていくと、「ノルウェーとイギリスという国の違い」よりも、サバの回遊、漁獲時期、サイズ、脂の乗り、そして漁獲から凍結までの時間を見る方が本質に近いことが分かってきました。

イギリス産もノルウェー産も基本的には同じ大西洋サバ
まず重要なのが、イギリス産とノルウェー産だからといって、まったく別の種類のサバではないということです。
日本に輸入されるものは主に大西洋サバ(Atlantic mackerel/Scomber scombrus)です。
北東大西洋のサバは非常に広い範囲を回遊します。
西側の群れはイギリスやアイルランドの西側などで産卵し、その後、夏の餌を求めてノルウェー海や北海方面へ移動します。
つまり、
「イギリスに住んでいる英国サバ」
と
「ノルウェーに住んでいるノルウェーサバ」
が完全に別々に存在する、というイメージではありません。
広大な北東大西洋を回遊する同じサバ資源を、どの国の船が、どこで、いつ漁獲するかによって産地表示が変わってくるわけです。
サバは英国周辺から北の餌場へ回遊する
大西洋サバの動きを大まかに見ると非常に面白いです。
産卵後のサバは餌を求めて北上し、ノルウェー海などで盛んに摂餌します。
ノルウェー海では動物プランクトンなどを食べながら成長し、エネルギーを蓄えます。
そして季節が進むと、再び南の産卵海域方面へ移動していきます。
つまりサバにとって重要なのは、
産卵 → 北上 → 摂餌 → 脂を蓄える → 南下
という季節的なサイクルです。
「どこの国のサバか」だけを見ていると、この部分が見えなくなります。
ノルウェーサバは寒い海だから脂がのる?
私は以前、
「ノルウェーに近い海は餌が豊富だからサバに脂がのる」
という話を聞いたことがあります。
ノルウェーは英国より北に位置するので、
「寒い海だから脂がのるのでは?」
とも考えたくなります。
しかし調べてみると、単純に「寒い=脂がのる」ではありません。
大きいのは摂餌と漁獲時期です。
サバは産卵後には脂が落ち、その後、夏に餌を食べながら再び脂肪を蓄えていきます。
したがって同じ大西洋サバでも、漁獲する季節によって脂の量は大きく違います。
ノルウェーサバがおいしい理由は「漁獲時期」にある
日本でノルウェーサバが高く評価されてきた理由の一つが、脂の乗った時期の魚が多く輸入されてきたことです。
夏の間に北の海で餌を食べたサバは、秋になると脂を蓄えた状態になります。
ちょうどその時期にノルウェーのサバ漁が本格化します。
ノルウェー水産物審議会も、ノルウェーサバを季節性の高い魚として日本市場へ紹介しています。
つまり、
「ノルウェーの海は寒いからおいしい」
というより、
「夏にしっかり餌を食べて脂を蓄えた時期のサバを漁獲し、日本へ供給してきた」
と考えた方が分かりやすいでしょう。
「ノルウェーは漁獲時期を限定するからおいしい」は少し違う
「ノルウェーはおいしい時期だけサバを獲るからうまい」
という話を聞くこともあります。
これも完全な間違いとは言い切れませんが、少し説明が必要です。
資源管理のため漁獲量や操業にはさまざまなルールがあります。
しかし、
「おいしい時期だけに漁獲を法律で限定しているからノルウェーサバはおいしい」
と説明してしまうのは単純化しすぎです。
むしろ、日本市場で高く評価されてきたノルウェーサバの漁獲時期と、サバに脂が乗る時期が重なっていることが重要です。
8月後半のサバとトップシーズンのサバは違う?
ここからは私が水産業界で聞いている話です。
近年のノルウェーのサバ漁では、8月後半ごろから漁獲が始まるケースがあります。
ただ、この早い時期のサバはまだ小さめで、シーズンが進むにつれて大型で脂の乗った魚が増えてくると聞きます。
私の周囲では、従来は9月中旬ごろから本格的なシーズンという感覚が強かったのですが、近年は以前より早く漁獲が始まるという話も聞くようになりました。
そして面白いのが、脂が乗るトップシーズンになるほど、漁場がノルウェー沿岸から離れていくことがあるという話です。
大型のサバほど遠くまで回遊する傾向がある
これは単なる業界の噂とも言い切れません。
北東大西洋サバの回遊を調べた研究では、魚体の大きさによって回遊範囲が異なり、大型魚ほど北や西へ広く分布する傾向が報告されています。
また、サバの分布自体も年によって大きく変化します。
研究では、水温、資源量、餌となるプランクトンなど複数の要因がサバの分布に関係するとされています。
したがって、
「気候変動で海流が蛇行したから英国側へ行った」
と一つの原因だけで説明することはできません。
ただし、海洋環境の変化などによってサバの分布や回遊パターンが変化していること自体は研究でも確認されています。
トップシーズンでは英国側が有利になることも?
ここが今回、私が一番面白いと思っているところです。
業界では、
「脂の乗ったサバが獲れる時期になると、英国側に近い漁場で漁獲されることがある」
という話を聞きます。
するとノルウェー船は、サバを追って沖合まで操業しなければならない場合があります。
漁場が遠くなれば、当然、港へ戻るまでにも時間がかかります。
一方、同じ時期のサバが英国側に近ければ、英国船にとっては漁場から港までの距離が短くなります。
これが品質に影響する可能性があります。
サバは「獲ってから凍結するまで」も重要
輸入される冷凍サバでは、漁獲した魚を水揚げし、選別して凍結します。
そのため、
漁獲 → 保冷 → 水揚げ → 選別 → 凍結
までをどう管理するかは品質を考えるうえで重要です。
英国側に近い漁場で獲れれば、英国船が比較的短時間で港へ戻れるケースがあります。
一方、ノルウェー船が遠い漁場までサバを追っていれば、水揚げまで時間がかかるケースも考えられます。
このため現場では、
「トップシーズンでは英国産の方が鮮度面で有利になる場合がある」
という話も出ています。
ただし、ここは「英国産の方が必ず鮮度が良い」と誤解しないでください。
船上での保冷、漁船の設備、漁獲量、水揚げまでの時間、工場の処理能力、凍結設備などでも品質は変わります。
あくまで漁場と港の距離が近ければ、それだけ鮮度管理上有利になる可能性があるという話です。
英国産サバが増えた背景にはBrexitもある
もう一つ無視できないのが、イギリスのEU離脱、いわゆるBrexitです。
ここも少し複雑です。
ノルウェーはもともとEU加盟国ではありません。
ただし英国がEUを離脱したことで、英国は漁業に関して独立した沿岸国として、他国との漁獲枠や水域へのアクセスを交渉する立場になりました。
そのため現在では、
「ノルウェー船が英国水域でどれだけサバを獲れるのか」
も国同士の交渉事項です。
実際、2024年には英国とノルウェーの間で北東大西洋サバについて新たな取り決めが結ばれています。
ノルウェー側が英国水域で一定量を漁獲できるようにする代わりに、ノルウェーの漁獲枠の一部を英国側へ移す仕組みです。
つまりBrexit以降、
「英国の海で誰がどれだけサバを獲るか」
という線引きは以前より明確に国家間交渉の対象になりました。
これも英国産サバを見るうえで知っておきたい変化です。
ノルウェー産と英国産は「産地」だけでは比較できない
ここまで見てくると、
「ノルウェー産と英国産、どっちがおいしい?」
という質問自体が、かなり難しいことが分かります。
同じ北東大西洋を回遊する大西洋サバだからです。
重要なのは、
・漁獲した時期
・漁獲海域
・魚体サイズ
・脂の乗り
・漁獲から水揚げまでの時間
・保冷状態
・凍結までの時間
・凍結や加工の技術
などです。
単純に国名だけで品質を判断するのは難しいのです。
水産卸の私でも、正直「味の違いはよく分からない」
私は水産卸としてイギリス産とノルウェー産のサバを見てきました。
そのうえで正直に言うと、
私は両者の味の違いが、それほどよく分かりません。
食べて、
「これは英国産!」
「これはノルウェー産!」
と当てられるような違いを感じるわけではありません。
考えてみれば、それも当然かもしれません。
そもそも同じ北東大西洋を回遊している大西洋サバだからです。
ただ、取引先などからは今でも、
「やっぱりノルウェーがいい」
という声を聞くことは多いです。
長年、脂の乗った大型サバを日本市場へ供給してきたことで、
「ノルウェーサバ=脂が乗っていておいしい」
という評価が定着している部分もあるのでしょう。
これから英国産サバの評価が上がる可能性も
一方で、今後は英国産サバの存在感がさらに増す可能性があります。
サバの回遊域は固定されているわけではありません。
そして英国に近い海域で良質なサバが漁獲できれば、漁場から港までの距離や操業コスト、鮮度管理の面で英国側が有利になるケースも考えられます。
さらにBrexit後は漁業権や水域へのアクセスの仕組みも変化しました。
これまで日本では「サバといえばノルウェー」というイメージが非常に強かったですが、産地だけでなく、中身を見る時代になっていくのかもしれません。
結局、見るべきは国名より「いつ・どこで獲れたか」
イギリス産サバとノルウェー産サバの違いを調べて、私が最も面白いと思ったのはここです。
サバは国境を知りません。
英国周辺で産卵し、北へ移動して餌を食べ、季節が進めば再び移動します。
人間が後から国境線を引いて、
「これは英国産」
「これはノルウェー産」
と呼んでいるだけともいえます。
もちろん産地ブランドや各国の漁業・加工技術には意味があります。
しかし魚そのものを見るなら、
どこの国かより、いつ、どこで獲れ、どれくらい脂が乗り、どれだけ良い状態で凍結されたのか。
こちらの方が本質的ではないでしょうか。
まとめ
イギリス産とノルウェー産のサバは、基本的には同じ北東大西洋の大西洋サバです。
ノルウェーサバが日本で高く評価されてきた背景には、夏に北の餌場でしっかり餌を食べ、脂を蓄えた時期の大型サバが日本へ輸出されてきたことがあります。
一方、サバの分布や回遊は変化します。
脂の乗った時期の漁場が英国側に近ければ、英国船の方が港までの距離が短くなり、鮮度やコスト面で有利になるケースもあります。
さらにBrexit後は、英国水域で誰がどれだけ漁獲できるのかについても国同士の交渉が重要になりました。
私自身、両方を扱ってきて「英国産とノルウェー産は味が全然違う」とは感じません。
それでも現場では「やっぱりノルウェー」という評価が根強く残っています。
ただ、これからサバを見るときは産地だけでなく、
「いつ獲れたか」
「どこで獲れたか」
「どれくらい脂があるか」
「獲ってからどれくらいで凍結されたか」
まで見てみると、サバの品質がもっとよく見えてくると思います。
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