スーパーの魚売場を見ると、ブリ、マダイ、サーモン、マグロなど、さまざまな養殖魚が並んでいます。
ところが、
サンマ
イワシ
イカ
タコ
カツオ
ホッケ
などは、ほとんど「養殖」と書かれた商品を見かけません。
私は水産卸の仕事をしていますが、実際、これらの魚介類の養殖物を扱う機会はほとんどありません。
では、なぜ養殖できる魚とできない魚がいるのでしょうか?
実は調べてみると、
「養殖できない」=「人間には飼育できない」
とは限りません。
技術的には飼育・繁殖できても、
大量生産が難しい、コストが合わない、天然魚を獲った方が安い
などの理由で商業養殖されていない魚がたくさんあります。
「養殖できない魚」という言葉にはいくつか意味がある
まず「養殖できない」を整理しておきましょう。
魚の養殖にはいくつもの段階があります。
① 飼育すること自体が難しい
環境変化に弱かったり、餌が特殊だったり、広い遊泳スペースを必要としたりして、長期間飼育すること自体が難しいケースです。
② 飼育はできても繁殖させるのが難しい
天然の稚魚を捕って育てることはできても、親魚から卵を採り、ふ化させ、稚魚を安定して作ることが難しい魚もいます。
③ 完全養殖はできても大量生産できない
研究施設では繁殖できても、毎年何十万尾、何百万尾という規模で安定生産できなければ一般の商品にはなりません。
④ 養殖できても採算が合わない
これも非常に重要です。
魚を養殖するには、
水槽や生簀
稚魚
餌
人件費
電気代
設備費
病気対策
など、多くのコストがかかります。
天然魚を大量に安く漁獲できるのであれば、わざわざ養殖する意味がありません。
つまり、
「養殖できない魚」と「養殖する意味がない魚」は別なのです。
サンマは養殖できない?
私自身、水産卸の仕事をしていて「養殖サンマ」を商品として扱ったことはありません。
しかし、サンマはすでに飼育・繁殖そのものには成功しています。
アクアマリンふくしまでは世界で初めてサンマの水槽内繁殖に成功し、その後も何世代にもわたって継代飼育しています。
サンマは非常に神経質で、鱗がはがれやすく体表も弱いため、飼育が難しい魚です。
一方、かつてサンマは大量に漁獲される安い大衆魚でした。
高いコストをかけて養殖しても、天然サンマと価格競争できなかったわけです。
ところが近年は状況が変わっています。
天然サンマの漁獲量減少や価格上昇を背景に、商業的な完全養殖を目指した研究や陸上養殖の実証が進められています。
もしかすると将来、
「養殖サンマ」
がスーパーに普通に並ぶ日が来るかもしれません。
タコは養殖できない?
タコも水産卸をしていて、一般商品として「養殖マダコ」を見ることはほぼありません。
しかしマダコも、すでに「まったく養殖できない生物」ではありません。
長年の大きな壁だったのが、ふ化したばかりの小さなタコを安定して育てることでした。
水産研究・教育機構では人工的に稚ダコを生産する技術を開発し、さらに共食いを防ぐ飼育方法などの研究も進めています。
現在は人工種苗から商品サイズまで育てるマダコ養殖を産業化するため、量産技術や餌、周年種苗生産などの研究が進められています。
つまりタコも、
「養殖できない」から「どうすれば商売として大量生産できるか」
という段階へ進みつつあります。
また、スペインではタコを養殖しようとしたところ、高知能のタコを養殖するのはかわいそう、という反対運動が起きました。
イカはなぜ養殖を見ない?
イカも水産卸では天然物が中心です。
イカ類は種類によって生態が大きく違いますが、一般に飼育や繁殖、幼生期の安定生産などのハードルが高く、魚類のような大規模商業養殖が普及していません。
特にイカは活発に泳ぎ、環境変化にも敏感です。
イカが高騰すると、
「だったら養殖すればいいのでは?」
と思いますが、魚と同じようにはいかないわけです。
イワシは「養殖できない」より「養殖する意味が小さかった」
イワシも養殖物を商品として見る機会はほとんどありません。
ただし、
「イワシは絶対に養殖できない魚」
という意味ではありません。
むしろ商売として考えた場合、
「天然で大量に獲れる安い魚を、餌と人件費をかけて育てる意味があるのか?」
という問題があります。
これは水産卸をしている私としても非常に納得できます。
サンマやイワシのような大衆魚は、天然資源が豊富だった時代には養殖との相性が良くありませんでした。
養殖して1尾何百円も原価がかかるのであれば、天然魚には価格で勝てないからです。
アジは実は養殖されている
これは私自身、今回調べていて面白かったところです。
私は普段の仕事では養殖アジをほとんど意識することがありません。
しかしマアジは実際に養殖されています。
特に活魚として流通するマアジには養殖物が多く、寿司店や鮮魚店の水槽で泳いでいるアジなどにも養殖魚があります。
つまり、
「水産卸でも見たことがない=養殖されていない」
とは限らないのです。
流通する地域や用途によって、養殖魚の見え方もかなり違います。
サバも実は養殖されている
サバも同様です。
天然サバの流通量が圧倒的に多いため、普段はあまり意識しませんが、日本には養殖サバがあります。
養殖サバは2000年代以降、各地でブランド化されてきました。
ただし天然サバより生産コストが高いため、養殖するなら生食用途など天然物とは違った付加価値が必要になります。
ここにも、
「養殖できるか」と「養殖して儲かるか」は別
という問題があります。
ホッケやカツオも一般的な商業養殖はほとんど見ない
ホッケも私は養殖物を扱った記憶がありません。
過去にはホッケの養殖試験なども行われていますが、現在スーパーなどに並ぶホッケの多くは天然物です。
カツオも同様に、大規模な回遊をする魚であり、一般的な食用魚としての商業養殖は普及していません。
天然漁業による供給が基本になっています。
カジキも養殖物をほとんど見ない
カジキ類も同じです。
高速で長距離を回遊する大型魚で、一般的な生簀養殖に向いた魚とは言いにくいでしょう。
水産卸の現場でも、カジキといえば天然物という感覚です。
ちなみにクジラも養殖物を見たことがありません。
……まあ、クジラは魚ではありませんが(笑)。
マグロは「養殖」が普通になってきた
一方、昔と比べて明らかに養殖物を見るようになったのがマグロです。
現在では養殖クロマグロが普通に流通しています。
ただし「養殖マグロ」と呼ばれるものにも違いがあります。
天然の幼魚を捕獲して育てる方法と、
親魚
↓
卵
↓
稚魚
↓
成魚
↓
再び卵
まで人の管理下でつなぐ「完全養殖」は別です。
養殖マグロが増えてきたことを見ると、
「昔は難しかった魚でも、技術と価格条件が整えば養殖対象になる」
ことがよく分かります。
ブリは天然より養殖が好まれることもある
水産卸の現場で非常に分かりやすいのがブリです。
「天然魚の方が高級」
というイメージを持つ人もいるでしょう。
しかし商品として考えると、必ずしもそうではありません。
天然ブリは時期や個体によって脂の乗りに差があります。
脂の少ない天然ブリだと、
「脂がない」
と売場から嫌われることがあります。
その点、養殖ブリは餌や飼育を管理できるため、脂や身質を安定させやすい。
さらにお盆など、天然魚の出漁が少なくなる時期にも魚を計画的に出荷できます。
そういう時期には養殖ブリへの需要が高まり、相場が上がることもあります。
つまり養殖の大きなメリットは、
「いつでも同じような品質の商品を供給できること」
なのです。
マダイも養殖は品質が安定している
マダイも養殖のメリットが分かりやすい魚です。
天然マダイは見た目の色がきれいです。
一方、養殖マダイは浅い生簀で太陽光を受けやすいため、体色が黒っぽくなることがあります。
そのため養殖現場では遮光など、体色を改善する工夫も行われています。
見た目では天然マダイが好まれることがあります。
しかし身質は別です。
天然マダイは季節によって状態が変わり、特に産卵後などは身が水っぽく、柔らかく感じる個体もあります。
その点、養殖マダイは品質を年間通して安定させやすい。
これも養殖魚の大きな強みです。
天然魚には「旬」があり、養殖魚はその差を小さくできる
ブリとマダイを扱っていて感じるのは、
天然魚には旬がある
ということです。
旬の天然魚は非常においしい。
しかし一年中同じ品質ではありません。
一方、養殖魚は餌や出荷時期などを管理できます。
そのため、
天然魚=最高値は高いが、品質に波がある
養殖魚=品質を一定にしやすい
という違いがあります。
スーパーや寿司店、外食チェーンなど、年間を通して同じ商品を販売したい業態にとって、この「安定」は非常に大きな価値があります。
「ノドグロを養殖したらいいのでは?」と思ったら、本当に成功していた
ではこれから養殖したら面白そうな魚は何でしょう。
私が思い浮かべたのがノドグロです。
サンマやイワシと違い、ノドグロは単価の高い高級魚です。
高いコストをかけて養殖しても、商品価格で吸収できる可能性があります。
「ノドグロこそ養殖したらいいのでは?」
と思って調べてみると、驚きました。
2026年2月、近畿大学水産研究所が世界で初めてノドグロ(アカムツ)の完全養殖に成功していました。
近畿大学では2015年から飼育研究を開始。
2016年に人工ふ化に成功し、2022年には約1万尾、2023年には3万尾以上の種苗生産にも成功しています。
そして人工種苗から育てた親魚から再び仔魚を得ることに成功し、完全養殖のサイクルをつなぎました。
ただし、すぐスーパーに養殖ノドグロが大量に並ぶわけではありません。
今後は飼育方法、餌、病気対策、成長の早い系統などを研究し、商業養殖へつなげていく段階です。
高級魚だけに、これは個人的にも今後が楽しみな養殖魚です。
「養殖できない魚」は今後どんどん減るかもしれない
現在の水産研究では、これまで養殖が難しかった魚介類にも研究対象が広がっています。
マダコでは人工種苗から商品サイズまで育てる技術の実証が進み、サンマでも商業養殖を目指す研究が始まっています。
ノドグロはついに完全養殖まで到達しました。
つまり、
「この魚は養殖できない」
という常識は、技術によって変わっていきます。
ただし、最後に残るのが経済性です。
1尾100円で天然魚が買えるのに、500円かけて養殖する意味はありません。
逆に天然魚が減って価格が上がったり、ノドグロのように高単価だったりすれば、養殖する意味が生まれます。
ヨーロッパでは完全養殖出来る魚は「サステイナブル」
ヨーロッパでは、マグロが資源が枯渇する、サスティナブルではないとの理由で食べないようにしよう、という動きがあります。しかし日本の日本の近畿大学は完全養殖のマグロに成功しています。その事実をヨーロッパの人達はあまり知らないそうです。
海でマグロを取ればマグロは減ってしまいます。しかし完全養殖ならばマグロの数は減りません。マグロは今やサスティナブルな魚となったのです。
まとめ|養殖できないのではなく「養殖されていない魚」も多い
「養殖できない魚は何?」
という疑問から調べてみましたが、実際には単純ではありませんでした。
サンマは飼育・繁殖に成功し、商業養殖を目指す段階。
マダコも人工種苗による養殖の実用化研究が進行中。
アジやサバは、実はすでに養殖されています。
そしてノドグロは2026年、世界初の完全養殖に成功しました。
一方、イワシ、ホッケ、カツオ、イカ、カジキなどは、現在も天然物が流通の中心です。
養殖が広がるかどうかを決めるのは、
「育てられるか」だけではありません。
・安定して稚魚を作れるか
・大量に育てられるか
・餌代はいくらかかるか
・病気を防げるか
・成長は速いか
・天然物との価格差はどうか
・消費者がその価格で買ってくれるか
までクリアして初めて「養殖魚」という商品になります。
水産卸の現場にいると、昔に比べて養殖魚は本当に増えたと感じます。
そして養殖ブリや養殖マダイを見ていると、養殖の価値は単に天然魚の代用品を作ることではありません。
天然魚には旬がある。養殖魚は品質と供給を安定させることができる。
これこそ、現代の養殖が持つ大きな価値ではないでしょうか。
10年後には、今では珍しい「養殖サンマ」「養殖マダコ」「養殖ノドグロ」が、普通に魚売場へ並んでいるかもしれません。
また、マグロの完全養殖で有名な近畿大学から出ている以下の本もおすすめします。
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参照記事:日経スタイル
コメント Comments
コメント一覧
いつ がコメント
2021年8月30日 6:17 PM
くわしいです
fryagain がコメント
2021年8月30日 8:05 PM
ありがとうございます!ってことでいいんですよね?!
匿名 がコメント
2022年1月21日 9:25 AM
凄いですね
フィッシュコーディネーター がコメント
2022年1月24日 7:18 PM
ありがとうございます?
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